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2016.12.01 update.

「隔離の歴史 多くの人に」花道堂々

東京新聞 | 2016年10月20日掲載

元ハンセン病患者「晴れ着」

東京都内で開かれているファッションショー「東京コレクション」で19日、ハンセン病の元患者の槙ミヨさん(83)(右)がモデルとして出演した。「偏見や差別をなくしたい」という東京の服飾デザイナーの鶴田能史(たかふみ)さん(左)が起用。槙さんは純白のドレス姿で人生初めてのランウエー(花道)を歩いた=朝倉豊撮影【記事29面】

 

「隔離の歴史多くの人に」 花道堂々   東京コレクションに元ハンセン病患者

「忘れられない一日になった」-。表参道ヒルズ(東京都渋谷区)で十九日に開かれたファッションショー「東京コレクション」でモデルを務めたハンセン病の元患者の槙ミヨさん(83)は、この日が自身の誕生日だったこともあり、涙を流して喜んだ。会場に集まった国内外のファッション関係者ら約六百人を前に、手を振って堂々と歩き、ポーズも決めた。(加藤健太)

槙さんは、十歳の時に発症し、住んでいた神奈川県から隔離された。後遺症で両手の指を伸ばすことができず、世間の目を気にしながら生きてきた。今も国立ハンセン病療養所「多磨全生園(ぜんしょうえん)」(東村山市)に入所する。

そんな槙さんが、武蔵野市の服飾デザイナー鶴田能史(たかふみ)さん(35)から出演依頼を受けた。大勢の人から注目されることに抵抗はあったが、昔からおしゃれは大好き。鶴田さんの「隔離されてきた過去を多くの人に広めたい」という思いにも賛同し、出演を引き受けた。

鶴田さんは、障害者をモデルに起用するなど誰もがおしゃれを楽しめる服作りをしてきた。昨年から参加する東京コレクションでは「国際情勢を反映した作品」が自身のテーマ。ハンセン病を取り上げたのは「各国で今も差別が残っている」と考えたからだ。元患者を起用し、本人に合う一着を作ることにした。

鶴田さんは、デザインと機能性の双方を重視してドレスを仕立てた。ファスナーの引き手は指が伸ばせない槙さんでもつかみやすい輪っかのタイプを採用。「観衆の前に立てば手をとっさに隠したくなるかもしれない」とも思い、自然な高さにポケットを付けた。

背中には膨らみがもたせてあり、槙さんにぴったり。事前の衣装合わせでは、鶴田さんの優しさがちりばめられた一着をまとい、槙さんは「最高に幸せ」と笑顔を浮かべた。

車いすで鑑賞した千葉県大網白里市の自営業小嶋好宏さん(51)は「病気や差別に真正面から向き合う姿に感動した」と語った。

鶴田さんは「槙さんは単なるモデルではなく回復者の一人として、矢面に立つ覚悟で歩いてくれた。きょうの一歩一歩が、差別を受けてきた歴史を知る一歩目になれば」と話した。

(メモ)

ハンセン病 らい菌が主に皮膚や神経を侵す感染症。現代では治療法が確立している。感染力は極めて弱いが、日本では「らい予防法」が廃止される1996年まで、国による療養所への強制隔離など、差別や人権侵害が続いた。2001年の熊本地裁判決は隔離の違憲性を認めた。

 

ランウエーを歩く槙ミヨさん(左)=19日、東京都渋谷区の表参道ヒルズで

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東京・東村山市に静かにたたずむ国立ハンセン病療養所「多磨全生園」。時折、車で通り過ぎますが、いつも穏やかな空気が流れています。

ここで慎ましく暮らしてこられたハンセン病の元患者である槇ミヨさん。服飾デザイナー・鶴田能史さんの「偏見や差別をなくしたい」という熱い思いに賛同したとはいえ、純白のドレス姿で花道を歩くには勇気が必要だったことでしょう。けれども、試着の日、鶴田さんの着る人への優しさがちりばめられたドレスを身にまとった途端、「最高に幸せ」とビッグスマイルになりました。ファッションショー当日、涙を流して喜ぶ槇さんの晴れ姿は差別に苦しむ多くの人に希望を与えたと思います。その場に共にいた方たちが祝福し、素晴らしいバースデーになりました。槇さん、これからはのびのびと人生を楽しんでください。

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