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2014.05.21 update.

亡き妹へ「もうひと肌脱ぐ」 ツバキの伝統工芸品づくり再開

産経新聞社 | 2014年4月16日掲載

雲一つない晴天に恵まれた15日、工芸職人の渡辺昇次郎さん(70)は工房でツバキの実を加工したアクセサリーづくりに没頭していた。体調はあまり優れない。「あれ以来、すっかり体が弱くなった」と感じている。
島のちょっとした高台に、妹夫婦の自宅はあった。庭は色とりどりの花であふれ、玄関を開けると、大好きな猫の置物がずらりと並ぶ、やさしく明るい妹ならではの家だった。だが昨年10月16日、台風26号による記録的な大雨がもたらした大規模な土石流は、一瞬にして全てをのみ込み、妹夫婦も奪い去った。
妹の米本孝子さんは当時65歳で、電力マンだった夫の晋之介さんは70歳。2人でのんびり暮らすはずだった。
「本当に器量が良くてね。ミス大島にも選ばれたこともあるんだよ」。自慢の妹の話は尽きない。
幼い頃、母親が不自由な体になった。行政などの支援が満足に受けられないような時代。兄妹らで力を合わせ、母を支えていっただけに、兄妹の結束は固かった。
土石流発生後、一日に何度も遺体安置所へ足を運び妹夫婦を捜したことは、かすかに覚えている。しかし、この半年、他にどんなことがあったのかは、よく思い出せない。今も感情の制御がうまくできないことがある。「こんな性格じゃなかったのにな。俺…」。目頭を押さえた。

 

◆天職だったが
中学卒業後、集団就職で島を離れた。20歳で島に戻るとツバキの実を加工したアクセサリー作りなどを手がける作業所で働くようになり、4年後に独立した。
かつて島には、おもちゃがほとんどなく、ツバキの実は貴重な遊び道具だった。中学2年のとき、同級生の兄に、似たようなアクセサリーづくりを教わった。磨きドリルで穴を開ける作業に没頭し、何個も作っては近所の洋品店に持ち込んだ。1個につき1円をもらい、そのお金をため、友人らと今川焼きを頬張ったのを覚えている。
「天職だったんでしょうね。導かれるようにしてツバキの加工を手がけるようになったんです」
一時はもの珍しさから、観光客らがこぞって加工品を買い、生産が追いつかない時代もあった。島民の中には「ツバキ御殿」と呼ばれる豪邸を建てる者が出るほど島に富をもたらした。
今では売り上げが落ち、職人もほとんどいなくなったが、およそ半世紀にわたり、その工芸技術を守り続けてきていた。

 

◆跡取りできた
「妹は、よく加工品を買いに来てくれた。需要がなくなる中、少しでも生活の足しに、との思いがあったのだろう」。そんな妹の喪失は創作意欲も奪った。
それでも今年1月末、重い腰を上げた。毎年出店を出し、妹らも足を運んでくれた恒例の「椿まつり」の開催がきっかけだった。
「何だか、やらなきゃいけないような気がして…」。出店で観光客と触れ合ううち、ちょっとした変化も生まれた。「頑張ってくださいね」「また来ますよ」。何気ないやりとりが心にしみた。心中を気遣い、手紙をくれる客もいた。
「妹を失い、初めて災害遺族の痛みを知った。阪神大震災や東日本大震災もあったのに、結局は人ごとだったんだね。この経験は今度は必ず生かしていく」
苦しい半年だったが、かすかな希望も見えた。「跡を継ぎたい」。島外から戻った長男が意外な言葉を口にした。なりわいとするには厳しい時代だが、長男は嫁を迎え、この地に落ち着く環境を整えてくれた。
妹は島に愛着を持っていた。「もうひと肌脱いで島の未来に尽くさないといけないよね」。そう意気込む目に、涙は消えていた。(森本充)

39人が死亡・行方不明となった伊豆大島土石流災害は16日で発生から半年。大きく傷ついた島も、少しずつ復興が進んでいる。島内で使われる励ましの言葉「がんばんべー」を合言葉に歩む島民らの姿を見つめた。

 

【用語解説】伊豆大島の土石流災害
平成25年10月16日未明、台風26号に伴う大雨により島西部で大規模な土石流が発生。気象庁の雨量計では島の観測史上最多となる1時間に122・5㍉の雨を観測し、24時間雨量は平年の10月の倍以上に当たる824㍉に達した。当時、大島町は町長らが不在で避難勧告や指示を出さず、避難の遅れや被害拡大につながった可能性が指摘された。島は人口8302人(26年1月末現在)で観光が主要産業。ツバキの島として知られ、毎年ツバキが咲く1月から約2カ月間、島最大のイベント「椿まつり」が開かれている。

(無断転載を禁じます)

産経02-0416

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VOICE!happy news特派員・三重 20歳 大学生 東京都

痛ましい災害を乗り越え、未来へ向けて歩きはじめる渡辺さんの姿に胸が熱くなる。「結局は人ごとだったんだ」という述懐にも身につまされるものがあるが、人は前を向けるという力強いメッセージが感じられる記事だ。

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