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2014.08.28 update.

平和訴える無言の証人

熊本日日新聞社 | 2014年8月8日掲載

被ばく69年の原爆ドーム 崩れかかった壁、がれきの下に遺骨・・・

原爆ドームの中は「あの日」のままだった。折れ曲がった鉄骨、崩れかかった壁、足元を埋め尽くすがれき。69年前の8月6日、この上空から広島の街に熱線と爆風が広がった。
広島市の元安川沿いの被爆遺構として、ユネスコの世界遺産に登録された原爆ドーム。通常は立ち入り禁止だが7月末、市の許可を受けて中に入った。
むき出しになった鉄骨が目に飛び込んできた。どれほどすさまじい破壊力だったのか。人間にも容赦なく襲いかかったと思うと、恐ろしくなった。「がれきの下には今も遺骨があります」。慰霊碑などを案内するピースボランティア永原富明さん(67)=広島県呉市=が、内部を見渡しながら説明した。
原爆ドームは1915(大正4)年4月、広島県物産陳列館として建設。一部鉄骨のれんが造り5階建てで、銅板の楕円[だえん]形ドームが特徴だった。爆心地からわずか160メートル。爆風が真上から襲い、建物内を通って外に逃げたため、骨格と外壁が残ったとされる。
夏の日差しが照り付けていた。しかし、ドーム内に差し込む光は少なく薄暗い。外はセミがうるさいほど鳴いているのに、がれきを踏む音だけが「ガシャガシャ」と響き渡る。ふと外を見ると、カメラを向ける観光客の姿。一面の焦土と化した広島を思いながら、69年という時の流れも感じた。
「ここに来ると涙が出そうになる」と永原さんは言う。来年、原爆ドームは完成100年。補修を重ねながら、被爆70年の節目を迎える。人々の怒りや悲しみを抱えた“無言の証人”は、平和の尊さを訴え続けている。(後藤仁孝)
熊04

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VOICE!happy news特派員・足立 悠 20歳 学生 熊本県

昨年初めて訪れた広島の原爆ドームの写真が目に付いた。毎年この時期になると、戦争に関する記事をよく目にするようになる。戦争から長い月日が流れ、それを経験した人、語り継ぐ人がどんどん少なくなっている中、このような写真は当時どんなことが起こったのか、そのすさまじさを次の世代へ伝えるのにとても良い教材になると思う。何人の人が犠牲になったのだろう、どんなに痛く苦しかったのだろうと、戦争に関する写真を見るたびに胸が痛む。ここで私たちが考えなくてはいけないことは、私たちは被害も受けたが、同じようなことを周りの国にしてしまっているという事実があるということ。そして、二度と人と人が殺しあうような過ちを繰り返してはいけないということだと思う。広島の原爆ドームは来年完成100年になるのだそうだ。今年はかなわなかったが、来年もう一度訪れて、平和の尊さをあらためて感じたいと思う。

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