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2015.04.23 update.

戦友の墓参り 島田へ

静岡新聞社 | 2015年4月14日掲載

轍~しずおか戦後70年=戦友の墓参り 島田へ 本紙報道で遺族が連絡「やっと来たぞ」-パラオで終戦元軍曹・荻田さん(沼津)

陸軍海上機動第一旅団の元軍曹として太平洋戦争の激戦地パラオで終戦を迎えた沼津市の荻田幸次郎さん(95)が12日、終戦3日前にパラオで命を落とした戦友の八木弥一さんの故郷、旧金谷町(現島田市)を訪れ、念願の墓参りを果たした。墓の場所が分からず諦めかけていたが、天皇皇后両陛下のパラオ訪問に合わせて荻田さんが亡き戦友への思いを語った本紙の記事がきっかけで、遺族と連絡が付き、戦後70年間抱き続けた願いが実現した。

終戦直前、八木さんを銃弾から救えなかったことに、ずっと自責の念を感じてきた。「このままでは死にきれない」と3年前に旧金谷町に足を運んだが、八木さんの実家にも墓にもたどり着けなかった。
9日付本紙朝刊の記事を読んだ八木さんの弟幸雄さん(86)の家族と連絡が取れたのは10日。墓の所在が分かると居ても立っても居られず、沼津市から電車を乗り継いで戦友が眠る地に向かった。
「やっと来たぞ」―。桜並木を通り抜けて八木さんの墓にたどり着くと、荻田さんは涙を浮かべ、声を絞り出した。持参した手作りの銀飯と白菊を供え、冥福を祈った。両陛下のパラオ訪問も声に出して報告した。
一緒に墓参りに行った幸雄さんと、娘のきみ江さん(65)、美智子さん(58)には「八木君は頭の良い男だった」「最期まで立派に戦った」と生前の様子を語った。幸雄さんは目頭を押さえながら「遠くからよく来てくれた」「兄もきっと喜んでいる」などと感謝の言葉を繰り返した。
「胸のつかえが取れた。もう年だから来られないよ」。荻田さんは帰り際、八木さんの墓に向かって言葉を掛けた。

【写説】墓標に語り掛ける荻田幸次郎さん(右)と、その様子を見詰める八木幸雄さん=12日午前、島田市
静岡新聞 パラオで終戦

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VOICE!happy news特派員・かきだ 25歳 会社員 静岡県

終戦から70年を迎え、各紙で戦争特集を頻繁に見かける。学生時代に近現代史を専攻していたこともあり、第2次世界大戦に関する文献に眼を通す機会はそれなりにあった。ただ、名もなき兵士や空襲で家を焼かれた一般人は歴史には残らない。戦争体験を掘り起こし元兵士2人をつないだ記事からは、教科書や学術書と違った新聞らしさが表れていた。

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