
ニュースパーク(日本新聞博物館)は4月2日から、ミニ展示「戦後80年 あのとき新聞は何を伝えたか」を開催しています。
終戦の年となる1945年に新聞は何を伝えたのか、毎月、80年前のその月の出来事を報じた新聞を紹介しています。
最終回となる今回は、1945(昭和20)年12月の出来事・紙面を取り上げています。
2日、GHQ(連合国軍総司令部)により、戦争犯罪人として、昭和戦前期に首相を務めた平沼騏一郎と広田弘毅ら59人に逮捕命令が出されました。翌6日には、日中戦争の端緒となる盧溝橋事件や日独伊三国軍事同盟締結時の首相・近衛文麿や天皇側近の内大臣・木戸幸一ら9人にも逮捕命令が出ました。1940(昭和15)年に設立され、国策遂行に関する情報収集・宣伝・統制を進めてきた情報局は31日に廃止になりました。
終戦後、深刻な食糧難や石炭不足が、国民生活に大きな影を落としていました。
病院では、石炭の代わりとなる木炭や薪の配給も期待できず、木造建物を取り壊し、不要となった防空壕用材を発掘するなどしてしのいできましたが、まもなく患者の食事を作ることができなくなると報じられています。
戦中から終戦後にかけて、自炊しない人や旅行者が配給米の代わりに「外食券」を使って食事をする「外食券食堂」がありました。しかし、食糧不足から、都内の外食券食堂は、「旅行者外食券の方はお断り」という始末。焼け落ちた名古屋城では、金のしゃちほこの真実が明らかになってしまいました。
戦争犯罪人に対する初めての軍事裁判が17日から横浜地裁で開かれ、俘虜(捕虜)虐殺戦犯人の公判が注目を集めていた様子もうかがえます。
この時期、新聞は裏表2ページでした。1面には、教科書にも載っている出来事が、ニュースとして伝えられています。2面に目を向けると、「こんなことがあったのか」と思うような暮らしに関する記事も載っています。新聞は世相を写し出す鏡でもあります。 展示を通じて、戦争と平和について考える機会になれば幸いです。
【過去の展示紙面リスト】
| 会期 | 2025年4月2日(水)~12月21日(日) ※1945年12月分の展示は12月21日(日)まで |
|---|---|
| 開館時間 | 10時~17時(入館は16時30分まで) |
| 休館日 | 月曜日(祝日・振替休日・開港記念日の場合は次の平日) |
| 会場 | 3階常設展示室「新聞ギャラリー」コーナー |





